|
728年、聖武天皇が皇太子供養のため建立した金鐘寺が東大寺の始まり。華厳宗大本山。741年に聖武天皇が護国信仰に基づいて国分寺の建立を命じられた際、金鐘寺を大和国分寺として金光明寺と称した。743年になり聖武天皇が大仏造顕の詔を公布、745年に金光明寺にて造営が開始された際、東大寺となった。大仏は752年に開眼供養が行なわれたが、大仏殿や講堂などの伽藍が完成したのは789年になる。その後1180年に平重衝によって、1567年には松永久秀によって伽藍が焼失。現在の伽藍は1709年に再建されたものである。
東大寺の金堂で、創建は奈良時代。その後、治承4年(1180)と永禄10年(1567)の二度の兵火に遭い、現在の建物は江戸時代の宝永6年(1709)に公慶上人によって再建された。規模は創建当初に比べて東西が3分の2に縮小されたが、それでも用材の伐採から完成までに20年以上の歳月を要し、使用された用材は2万6千本余に達したといわれる。建物は一重裳階つき寄棟造り・本瓦葺きで、正面銅版葺き唐破風つきで、東西57.012メートル、南北50.480メートル、高さ48.742メートルにも及ぶ、世界最大の木造建築物である。現在の建物は、この当時のもので、その後兵火に遭うこともなく明治を迎えたが、痛みが激しく、軒は副柱で辛うじて支えられているという状態のため、明治39年(1906)から解体工事に着手し、6年をかけて内部に鉄骨を用いて補強するなど新しい工法が加えられた。さらに昭和47年(1972)から昭和大修理が行なわれ、55年(1980)に落慶法要が盛大に営まれ、現在に至っている。
|