興福寺 南円堂
KOHFUKUJI
国重要文化財
設計者:不詳
住所:奈良県奈良市登大路町48
竣工:1789年
用途:寺院
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更新2007/8/22
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弘仁4年( 813)、藤原冬嗣が父内麻呂追善のために建立した八角円堂。堂は永承元年(1046)の興福寺焼亡をはじめ4度にわたって火災に遇い、焼失を繰り返してきた。現在の建物は、寛保元年(1741)に柱が立てられ、寛政元年(1789)にようやく完成をみたもので、江戸時代後期の建築としてはきわめて古様な手法であるが、これは造営にあたって北円堂を参考にしたことによる。しかし、正面一間、側面二間の拝所など外観には大きな違いがあるほか、隅柱に円柱でなく八角柱を使用しているなど随所に違いを見ることができる。堂内には本尊の不空羂索観音像と四天王像、それに各連子窓の内側に八祖絵像が安置されている。絵像は彩色の剥落がいちじるしい。 なお、基壇築造の際に、地神を鎮めるために和同開珎や隆平永宝を撒きながら版築したことが、近年の発掘調査によって明らかにされている。この鎮壇には弘法大師が係わったことが諸書に記されている。 現在、南円堂は西国三十三ケ所第九番札所として多くの参詣者で賑わっている。
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