興福寺 五重塔
KOHFUKUJI
国宝


設計者:不詳
 住所:奈良県奈良市登大路町48
 竣工:1426年
 用途:寺院
   
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更新2007/8/22
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天平2年(730)、興福寺の創建者藤原不比等の娘にあたる光明皇后が建立した。創建当初は、東金堂とともに「東院仏殿院」と呼ばれ、その北と西には回廊が、東と南には築地があり、西回廊に二門を開いた。現在、回廊の跡としては東金堂北東に北廊の礎石が若干残るだけで、五重塔西面道路前の石段は西廊に開かれた門の階段の名残りと推測されている。 現在の塔は、5回の焼失・再建を経て、応永33年(1426)に創建当初の位置に再建されたもので、花崗岩の壇上積基壇の上に建ち、中央間3.03メートル、両脇間2.83メートル、相輪高15.08メートル、全高50.10メートルにも及ぶ。これは京都・東寺の五重塔に次ぎ、わが国第2の高さになる。手法としては、三手先斗(みてさきときょう)を用いるなど古様による。これは興福寺のすぐ南にあった天平創建の元興寺の五重塔を模したものだが、その一方では中世的で豪快な手法も大胆に取り入れられており、木割りの太い堂々たる姿を見せている。創建当初、各層には水晶の小塔と垢浄光陀羅尼(くじょうこうだらに)経が、また初層には、東に薬師浄土変、南に釈迦浄土変、西に阿弥陀浄土変、北に弥勒浄土変が安置されていた。現在でも、この伝統は受け継がれ、薬師三尊像、釈迦三尊像、阿弥陀三尊像、弥勒三尊像が安置されている。
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